フルートなど木管楽器には、速くて難しいパッセージの練習が必要な場面が多々あります。普段音階練習をどれだけきちんと出来ているかでかなり変わるのですが、それでも難しいものは難しい。この記事では、そんな難しいパッセージにどう向き合えば良いか、フルート奏者目線でまとめたいと思います。
ちなみに私は「得意なつもりだったけれど実はちゃんと出来ていなかった」民
私は自分で言うのもなんですが初見がとても得意で(ピアノで初見をたくさんやらせてもらったおかげです)、それゆえに速いメロディーも初見の段階である程度吹けてしまいます。ですがそこから完璧に吹けるようにしていくのが苦手で、力が入ってしまったり無理やりどうにかねじ込むような吹き方になってしまったりと、自分の意思でちゃんとコントロール出来ていませんでした。
丁寧に練習しなかったため、指の故障も経験しました
もう10年くらい前になりますが、軽めの局所性ジストニアを患った経験があります。局所性ジストニアは根本的な治療が難しく原因不明と言われておりますが、私の場合は間違った練習の仕方を繰り返した結果ではないかと思っています。当時は投薬しながら、専門書を参考にして自分でリハビリをしました。詳しくは以下の記事に書いています。

今ではほとんど元通り演奏でき、正確性においては罹患する前よりも寧ろ向上したと言えます。ジストニアを経験したことにより、練習において何が大切なのか、なぜ音階練習が必要なのかを身をもって知りました。ジストニアにならないことが一番ですし、演奏活動を辞めざる得なくなる方が一定数いらっしゃるのも事実ですが、私にとってはプラスの経験だったと思います。
一生懸命練習した結果故障してしまうという人を1人でも減らし、難しいパッセージにも正しく向き合ってほしいという願いを込めて、この先の記事を書いていきます。
基本の【き】〜成功率100%を維持しよう〜
例えば3ヶ月先の本番である曲を吹くとして、その曲中にかなり練習が必要と思われる音符の羅列があるとします。1日20回そのフレーズを吹くと仮定して、週5日練習するペースで本番までに出来るようにしていく場合、1週間で100回、4週間で400回、3ヶ月先の本番までには1200回吹くことになります。その1200回の内、楽譜通り正確に何回吹くことができたか、それが本番でも成功するかどうかの鍵だと思っています。
かつての私もそうでしたが、本番でうまくいかない人、もしくはバクチのような気持ちで吹いている人は、練習でも成功率が低いです。例えば10回吹くうちに1〜2回吹けたら先に行ってしまっていませんか?先ほどの仮定で行くと1日20回のうち2〜3回しか成功していないことになります。1日2回しか成功していない場合、本番までの成功率は10%です。この状態で、本番のステージ上で自信を持って吹けるでしょうか?
成功率が低い人の練習
- テンポを落とさない、すぐインテンポで吹きたくなってしまう
- 音が抜けたり間違っていてもスルー
- メトロノームを使わない
- メトロノームに合わせられていない
- 転んでいても気づいていない
- 楽譜の指示を守っていない
こんなの練習じゃない!と思われるかもしれませんが、こういった練習をしている人の様子を今までにたくさん見てきました。そして今思うと、私の学生の頃の練習の質はこんなものでした。「やっているつもり」になっていたのです。
成功率100%にするには「失敗しない練習」にすれば良い
先ほどリストに挙げた「成功率が低い人の練習」では、自ら失敗を重ねていくことになります。運動神経は反復される動きを記憶していきます。失敗を重ねればその間違った動きを覚えていきますので、成功する可能性はどんどん低くなります。
逆に成功率を上げたいなら、「失敗しない」ように練習をすれば良いのです。正しい動かし方を何度も丁寧に教えていけばそれを覚えていくので、失敗の可能性が低くなります。成功率を上げるため、テンポを調整しながらひたすら「失敗しない」ように練習を重ねるようにします。
個人練習でインテンポに到達しなくても良い
もちろん本番でインテンポで吹けるかどうかという点も大事ではあるのですが、ゆっくりでも正しく吹けないものが速く吹けるはずがありません(奇跡が起こることもあるにはありますが)。いかに速く吹けるかということよりも、正しく吹けているかということが大切です。そして後の項目でもお話ししますが、1人での練習でインテンポに到達しなくても、ちゃんと練習をしていればインテンポで吹ける可能性があります。特に吹奏楽やオーケストラなどの合奏の場合、その音楽の波に乗れてしまえばインテンポで吹けてしまったりするものです。それまでに着実に練習を重ねているかどうかが分かれ道です。
練習の7箇条 〜速く吹けることを目的にしない〜
まず、音階練習にしても難しいパッセージの練習にしても、テンポをあげて速く吹くことを目的にしてはいけません。それを目的にしてしまうと結局本番では失敗したり、最悪の場合は指を故障します。ただ速く吹けても音楽的でなければ意味がありません。そして技術的な面で重要なのは、自分の指を思ったタイミングで操縦できるようにすることです。ハンドルを操縦できていないのにアクセルだけ踏み込んでも事故を起こすだけです。自分に合ったペースできちんと自分の指をコントロールできることを目指しましょう。
1. 練習はカンペキに吹けるテンポで
よく例に挙げるのはカメラなどの解像度の話。難しい部分をカンペキに吹くにはテンポを落とさねばならないのですが、そのゆっくりの練習は超高精細のカメラで撮影している状態だと思うようにしています。つまり、楽譜に書かれている記号(強弱や曲想、アーティキュレーションなど)や音楽を超緻密に表現するつもりで吹く。それをそのままテンポアップして行って本番へ持っていくのです。
スタートの時点で精度が低いと、その後ある程度テンポを上げて吹けるようになったとしても、表現が乏しかったり楽譜通りではない演奏に仕上がってしまいます。ただ音が並べられるというレベルの「カンペキ」ではなく、これをこのまま速くしたら本番のクオリティーになる、というレベルの「カンペキ」です。まずはそれを実現できるスピードを探して、そのテンポの数字を楽譜にメモするところからスタートです。
2. 長いフレーズなら練習の単位を小さくする
練習の基本は「簡単→難しく」です。テンポを落とすのもその場所を簡単にするためです。そして、速いパッセージが長く続けば続くほど難しくなるので、それを細切れにしていくのも大変有効です。全部つなげて吹くのは難しいけど1小節ごとなら吹ける、1小節ごとでも難しいなら1拍ごとなど、スモールステップにするのです。小さい単位で「カンペキ」に吹く練習を重ねていき、自信が持てたら2拍ごと、できたら1小節ごと、それもできたら2小節ごと…のように少しずつ単位を大きくしていきます。
3. テンポはすぐに上げない
脳に正しい動きをインプットするには、個人差はあるものの意外と時間がかかります。60でできたから66、よしよし72!といった具合に、その日のうちにどんどん速くしていくのはあまりオススメではありません。「カンペキ」なクオリティーで仕上げていこうとしているので、そのスピードで上達させていくのは難しいはずなのです。速くできてしまう場合、何かしら見落としている可能性があります。少なくともその日1日はテンポを維持して、次の日に本当に上手に吹けているのなら上げても良いと思います。
4. 指が転んでいないかよく聞く(聞けるテンポで吹く)
「転ぶ」というのは指が正しいタイミングよりも速く動いてしまっている状態。例えば1拍に16分音符を4つ入れる場合、1個目と3個目が短くなり2個目と4個目が速く来てしまう現象です。転んでいても本人は気づいていないケースが多く、まずは自覚することからスタートです。そして、自分が転んでいないかどうか、転んでいるならどの音の並びで転んでいるのかを判別できるテンポに設定しましょう。
5. 細かいタンギングと指が合わないならレガートにする
主にダブルタンギングの時ですが、16分音符など細かい音符をタンギングで吹かなければならない時に、よく起こるのはタンギングと指がずれてしまうという問題です。多くの場合、指が転んでしまっていて、ダブルタンギングが置いてけぼりになっていることが原因です。
対処法としては、まず指のコントロールをしっかり安定させること。そのために、書かれているアーティキュレーションを一旦無視し、全てをレガートにしてメトロノームと一緒に練習します。タンギングをするよりもレガートで吹いている時の方が、指を動かすタイミングはよりシビアになります。間に無駄な音が入っていないか、転んでいる箇所はないか、指はスムーズに動いているか、よく気をつけて練習します。
長いフレーズの場合は“2”で述べたように単位を小さくして練習しましょう。長いレガートだと不安定な場合は、1拍ごとにタンギングを入れても良いです。
6. 指の無駄な力は抜く
速く吹かなきゃ!と思うと指に力が入ってしまう、というのはとてもよくあること。ですが、無駄な力が入ってしまうとかえって素早く動かせないですし、指の故障にもつながります。大切なのはゆっくりなテンポで練習している時から指の力を入れないようにすることです。
力が入りやすい方の場合、力を抜いて吹くと指が転びまくったり、思うようなタイミングで指をコントロールできない状態に一時的に陥りますが、普段力を入れることによってコントロールする癖がついてしまっているだけです。力を入れなくても正しいタイミングで指を操ることはできますので、ゆっくり吹くときに指は「ペラッペラ」の状態をキープできるように意識してみましょう。
7. 慣れてきたらテンポを3つくらい設定する
ある程度フレーズに慣れてきてテンポも上がってきたら、そろそろ本番での演奏を想定した練習へシフトします。本番で難しいフレーズを演奏する際に起こる事故は
- 緊張で指が転びまくってしまい自滅
- 指が動かなくなってしまって音が抜け抜けに
- 必要のない音まで吹いてしまう
…などなどです。私は圧倒的に「指が転びまくって自滅」パターン。
特に吹奏楽やオーケストラ、ピアノとの演奏などアンサンブルが必要とされる場合、指揮者のテンポや共演者のテンポに合わせる必要があります。そのためにも普段からメトロノームを使って、他者のテンポに合わせることをシミュレーションする習慣をつけておくことはとても大切です。
そしてアンサンブルは生き物なので、常に一定のテンポで進むわけではありません。ここは120で、と打ち合わせをしていても、本番でその通りにいくことはあまりありません。全体が速くなってしまったり、思っていたよりも遅く感じたり(実際に遅くなくても)ということがあります。そういった状況に対応するため、複数テンポで練習しておくことをオススメしています。
インテンポで吹けることがひとまず目標ではありますが、いろんなテンポに対応できるようにしておくと、より本番に強い状態に仕上がっていきます。
以下にテンポ設定の例を挙げてみます。インテンポが120の場合を想定しています。
3つのテンポ設定の例①
- 80(ゆっくり)
- 100(中くらい、微妙に吹きにくい速さ)
- 120(インテンポくらい)
②のテンポ設定が非常に重要です。ある程度速くなると、多少リズムにブレがあっても誤魔化せてしまったりするので、ちょっと吹きにくいテンポに設定するのがポイント。私は100〜110くらいの間にすることが多いです。気を抜くと転んでしまうような、嫌なテンポを見つけてください。時間がない日はこのテンポでだけでも練習しておくと良いと思います。ここが安定して吹けるようになっていると、それより速いテンポで普段吹いていなくても、合奏などで吹いた時に意外と対応できてしまいます。速く吹けるように頑張るのではなく、どんなテンポが来てもきちんと自分の指を操れるように育てておくのです。
3つのテンポ設定の例②
- 100(中くらい、微妙に吹きにくい速さ)
- 120(インテンポくらい)
- 134(インテンポより速め)
こちらは技術に余裕がある場合です。速いテンポにも対応できるようにしておきたい時には、インテンポよりも速いテンポでの練習も良いと思います。楽譜通り正しく吹けなくなってしまうようなら③のテンポでの練習はしない方が良いので、例①のようなテンポ設定での練習をオススメします。
まとめ
私も自分の指を故障するまで、技術的な練習の目的を勘違いしていました。速いパッセージを速く吹くことを目指して練習してしまっていたので、自分の指をコントロールできていないままそれらしく吹くことしかしていなかったのです。しかし、それは基礎ができていないのにいきなり家を建ててしまうようなものです。
基礎作りには最初は時間がかかりますが、だんだん慣れてくると知っているパターンが増えてくるので、あまり時間がかからなくなってきます。普段の音階練習はそのための訓練でもあるので、余力のある方は短時間でも良いのでぜひ音階練習を日課にしてください。
失敗を重ねず自分の指を正しくコントロールすること、無駄な力を使わないこと、そして音楽的であること。この3本柱をいつも心に置いて、難しいパッセージと向き合いましょう。
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