管楽器の呼吸について改めて考える

 私自身、これまで20年以上フルートと向き合ってきましたが、正直自分の呼吸の仕方には自信がありませんでした。それなりの演奏はできていても、肝心な時に息が持たなかったり(そうなっても大丈夫なように予備のブレス位置は決めていますが)、もっと長く吹きたいのに吹けなかったり。そこで呼吸についていろいろな資料を元に勉強し直してみたところ、これまでに意識していたことや言われてきたことが、かえって呼吸を妨げていたのだということに気がつきました。

 まだまだ研究の途上であり、私自身の呼吸や生徒さんとのレッスンでトライしながらではありますが、楽器の演奏で呼吸に悩む人へ今お伝えしたいことを書いてみます。呼吸を見直すことで、楽器演奏が楽になるだけでなく、体の不調まで整っていく可能性があります。きちんとした呼吸で楽器を吹くことが、スポーツと同じくらい皆さんの健康につながっていくかもしれません。

 この記事は以下の2冊を特に参考にして、管楽器奏者の目線で書きました。より深く知りたいという方はぜひお読みください。

  • 大貫祟著「きほんの呼吸」東洋出版
  • 奥仲哲弥著「不調の9割は呼吸と姿勢でよくなる!」あさ出版
目次

「もっと吸って!」は悪魔の声

とにかく吸わなければ、と思っていた

 吹奏楽部で楽器を始めた私は、ことあるごとに「もっと吸いなさい!」と言われてきました。特にフルートという楽器は息を逃しながら音を出す楽器なので、他の楽器よりも息が長く持ちません。「腹式呼吸」という言葉通り、お腹をたくさん動かして息を吸おう、吸おう、としてきました。

 一方で、息は勝手に入ってくるんだよという指導を受けたこともありました。しかし「力を抜いたら息が勝手に入ってくる」という感覚が当時はよく分からず、相変わらず長いフレーズがやってくるとたくさん吸おうとしていました。まさに呪縛のようでした。

「呼吸」は「吐く→吸う」と書く

 しかし「呼吸」は文字通り「呼(吐く)」「吸(吸う)」と書きます。つまり「吐く」が先なのです。実際呼吸の専門家の本を読んで分かったのは、どの先生も「吸う」ことよりまず「吐く」ことを重視しているということでした。

 私も一応一端のフルート吹きとして生きてきたわけで、一般の人に比べればたくさん息を吐いてきた自負があります。しかし、「吸う」のがなんとなく苦手と思っていたのはもしかしたら間違いで、実はちゃんと吐けていなかったのかもしれないと気づいたのです。

現代人は息を吐けなくなっている!?

横隔膜が動いていない、呼吸数が多い人が増えている

 新型コロナウイルスの自粛生活やマスク着用の日々はまだ記憶に新しいですが、現代人はそもそもストレスにさらされることが多く、息を吐くことが苦手になっているようです。安静時における成人の正常呼吸は1分間に15〜20回程度。25回以上も呼吸をするのは「はぁはぁ呼吸」と呼ばれ、体にきちんと酸素が行き届かない不健康な呼吸なのだそう。こういう呼吸は吐く時間が短いのが特徴です。

 このような呼吸を続けていると何が起きるかというと、本来ダイナミックな動きをするはずの横隔膜が働かず、固まってしまいます。横隔膜は息を吐いた時にドーム上に緩み、吸った時にピンと張るという動きを繰り返していますが、吐けないということは緩まらないということです。つまりずっと緊張状態になってしまうのです。

横隔膜がゆるんでいるかチェック①

肋骨に両手を添えながら軽く息を吸う→ゆっくり息を吐く。この時に肋骨が下に向かって萎んでいるか?

横隔膜がゆるんでいるかチェック②

肋骨の下のみぞおちにファイルや本などの直角部分を当てる。正常であれば、肋骨はおおよそ90度の角度になっている。横隔膜が固まっている人は肋骨も上がりっぱなしなので、90度よりも開いてしまうそう。

1分間の呼吸数をチェック

ストップウォッチを使い、1分間に何回吐いて吸っているかを数える。20回以上、特に25回以上呼吸をしている場合は呼吸過多の可能性あり。

呼吸を助ける筋肉を総動員せざるを得ない

 呼吸は主に横隔膜と肋骨の間の肋間筋によって行われていますが、呼吸補助筋というのも存在します。具体的には胸鎖乳突筋、大胸筋、小胸筋、腹直筋、広背筋などです。横隔膜や肋間筋がきちんと機能していないと、肋骨がスムーズに動かず肺が膨らみません。そこで呼吸補助筋たちが働き、肋骨を引き上げたりして肺にスペースをつくり、なんとか呼吸をするのです。

 呼吸補助筋に頼らざるを得ない状態での深い呼吸は難しくなります。しかし楽器を吹く時には多くの息を吐いて、吸わなければなりません。するとどうしても無理をすることになってしまいます。

 私自身、実は長年肩こりと反り腰に悩まされてきました。それは学生時代の座学、長時間の楽器練習などの影響だと思っていました。しかし、横隔膜をしっかり使えていない状態で何とか深い呼吸をしようとして、呼吸補助筋に頼った呼吸になってしまっていたことも原因の一つなのかもしれません。

横隔膜で呼吸できていないと姿勢も歪んでくる

 よくスポーツの分野では「体幹」が大切だと言われますが、楽器の演奏時にも、日常でも体幹は大切です。横隔膜は骨盤の底にある「骨盤底筋」と連動しています。息を吐いて横隔膜がドーム状に緩むと、骨盤底筋も内臓側に引っ込み、息を吸って横隔膜が下がると骨盤底筋も下へ膨らみます。

 体幹は横隔膜と骨盤底筋がちゃんと向かい合っていると正しく機能します。しかし骨盤が前傾・後傾していると骨盤底筋も傾いてしまいますので、体幹が安定せず力が発揮できません。また体幹の形成には、呼吸をコントロールする役割を果たしている「腹横筋」の活躍が大変重要です。

 腹横筋は腹巻きのように存在しています。一昔前に「ドローイン」というトレーニングが流行ったことがありましたが、それがまさしく腹横筋のトレーニングです。

 横隔膜と骨盤底筋が上下に向き合い、腹横筋をしっかり働かせて深い呼吸ができれば、体幹が安定して姿勢も整います。しかし横隔膜が動かない浅い呼吸になってしまうと、人間は呼吸補助筋も働かせて必死に呼吸を続けようとしますので、それらの筋肉の働きによって肩が凝る、首が固まる、腰が反る、猫背になるなど、姿勢の崩れにつながってしまうのです。

 姿勢が崩れてしまうのは、横隔膜をしっかり動かず呼吸ができなくなっているのを他の筋肉が補おうとしている…つまり身体が順応している状態です。なので姿勢だけを正そうとしても根本的解決にはなりません。

 楽器の演奏時にも、吐くことをおざなりにして吸うことばかりを意識していると、横隔膜が緩まる暇なく深い呼吸をしようとし続けることになります。すると前述したように呼吸補助筋に頼ることになり、首周りや鎖骨周りの筋肉を余計に使ってしまったり、腹直筋に変な力が入ってしまったりして、楽器が演奏しやすくなるどころか日常でも体に不調が出てしまうのです。

横隔膜が動くと健康になる

横隔膜は自律神経と一心同体

 横隔膜をきちんと動かす呼吸が体幹を作るということに加えて、深い呼吸は自律神経を整えることにもつながります。逆に、自律神経になんらかの支障があると、深い呼吸ができません。現代人が深い呼吸を苦手としているのは、日常的なストレスなどで自律神経が疲れてしまっていることが関わっているそうです。ですが自律神経は呼吸によってのみ整えることができると言われています。自律神経を整えるために、日々のちょっとした瞬間に深い呼吸を意識することが大切です。

楽器を吹く時にきちんと呼吸できていれば健康にもつながる

 管楽器の演奏時は当然ながら日常生活時よりも深い呼吸が必要とされます。きちんと吐いて、横隔膜がしっかり動く呼吸ができれば、楽器演奏により体幹が安定し、自律神経も刺激され健康にもつながるはずです。実際、私の教室の生徒さんたちは60〜70代の方が多いのですが、みなさん姿勢もしゃんとしていてお元気です。

 しかし、逆に無理な呼吸でたくさんの息を扱おうとしていると、緊張したり、肩が凝ったり、背中が疲れたり、腰が反ったり、猫背になったり…といったことが起きてしまいます。なので、楽器の演奏時にきちんと吐き、横隔膜と骨盤底筋を向かい合わせ、体幹を安定させることが重要なのです。

楽器演奏に必要なのはトップアスリート並みかそれ以上の呼吸

 酸素保持力を試すテストというのがあります。通常の呼吸の延長で息を止め、何秒吸わずにいられるかというテストです。もう無理!というところまでは我慢してはいけないというもので、息を止めるのをやめた瞬間にたくさん吸いたくなるようだと止めすぎです。30秒程度普通にしていられるようならOK、40秒以上だとアスリート並みという評価になるようです。試しにやってみたところ、私は40秒以上止めていることができました。

 また最大空気量のテストというものもあり、こちらはできるだけたくさん吸って何秒息を止められるかというテストです。こちらは40秒以上で合格、1分止められるとアスリート並みという評価になるそうで、こちらも私は1分をクリアすることができました。

 私は子供の頃の体育と、小学生の頃に少しだけ競泳をやっていたくらいの運動経験しかありませんが、日常的に管楽器を演奏しているとこれくらいのことが普通に出来てしまうようです。それでも演奏時にまだまだ息が足りない、呼吸をどうにかしたいと思っているのですから、管楽器奏者は大変です。

 プロの運動選手が呼吸や体幹を大切にしているということはもはや今の時代では当たり前のことのようですが、管楽器奏者はヘタをすると彼らよりももっと上手く呼吸をしなければなりません。しかし、意外と管楽器のレッスンできちんと呼吸について教わる機会は多くありません。楽器の吹き方や操作、メロディの扱い方も大切ですが、管楽器演奏の根幹は「呼吸」。それなのに吹奏楽部でも音楽教室でも、きちんとした呼吸の指導を受けられるところは少ないと思います。

腹式呼吸でも胸式呼吸でもなく、「腹胸式」呼吸

深い呼吸は腹部も胸部も一緒にシンクロする呼吸

 今も「腹式呼吸」派と「胸式呼吸」派が一定数いらっしゃるようです。腹式呼吸は主にお腹が膨らんだりしぼんだりする呼吸、胸式呼吸は主に胸郭が膨らんだりしぼんだりする呼吸です。もちろん演奏が上手くいっているのであれば何でも良いと思います。一方で、呼吸の専門家は「腹部も胸部も一緒に膨らみ、一緒にしぼむ」のが理想の呼吸だと口を揃えます。

 理想とされる深い呼吸が出来ている時の動きはこうです。息を吐く時には、お腹の方で腹横筋が収縮して内臓ごと横隔膜を押し上げ、胸郭では肋骨がしぼむように下がって横隔膜は最大限緩みます。吸う時には肋骨が斜め上方向や横に向かって膨らむと同時に横隔膜がピンと張ることで下がって、その下にある内臓が押されお腹も膨らみます。胸郭もお腹も同時進行で膨らんだりしぼんだりするのが深い呼吸です。

 胸郭だけ、お腹だけが働くような浅い呼吸になると回数で補わなくてはならなくなりますが、回数を多く吸ったとしても、むしろ酸素は効率よく取り込めないそうです。深い呼吸をすると脳や身体にきちんと酸素が行き届きます。楽器の演奏で求められるのは、まさしくこういった呼吸なのではないでしょうか。

健康のためには鼻から吸った方が良いけれど

 「鼻から吸うか、口から吸うか」問題というのもあります。私は鼻推進派の先生にも、口推進派の先生にも、中立派(場合によって使い分ける)の先生にも習ったことがあります。私個人としては中立派で、長いフレーズを吹く前で吸う時間が十分にある時は鼻から吸い、素早く吸わなければならない時は口から吸っています。

 呼吸の専門家からすると口呼吸は悪でしかないそうです。たしかに、鼻にはフィルターの役割があり、ウイルスや埃などを除去してくれ、適度な湿り気を与えて肺へ空気を送り込んでくれます。すばらしい天然の加湿空気清浄機を備えているわけです。しかし口から息を吸うということは、いきなり外気を体内に入れてしまうことになるので、喉が乾燥したり、風邪をひきやすかったりと良いことがありません。

 しかし楽器の演奏を鼻呼吸で全てこなせるかというとかなり難しいと思います。鼻呼吸のメリットはもちろん分かりますが、素早く大量の空気を取り込むのが苦手なので、演奏中はどうしても口呼吸に頼らざるを得ません。

 ただ、口呼吸は首周りや鎖骨の周りの筋肉を過剰に使ってしまうトリガーになることもあり、理想的な深い呼吸を得づらいという点には注意が必要です。呼吸のトレーニングや日々のロングトーンなど、急いで吸う必要のない場面では、積極的に鼻呼吸も使っていただくのが良いと感じています。

「吸えない」ならまず「吐く」

横隔膜を最大限緩めるために吐き切る

 管楽器の演奏において深い呼吸をするためには、横隔膜をしっかり緩められること…つまりしっかり吐き切って、肋骨を下げることがまず大切です。ちなみに息を吐き切る時に活躍するのは腹筋群ですが、中でもいわゆるシックスパックといわれる「腹直筋」ではなく、前述したインナーマッスルである「腹横筋」が主です。

 例えばロングトーンをする時にも、ついいきなり吸ってしまいがちですが、長く息を持たせたいなら腹横筋を使ってまずしっかり吐いて肋骨を下げ、横隔膜を緩めることから始めましょう。

吸う時はなるべく呼吸補助筋を働かせない

 息を吐き切って横隔膜がきちんと緩んでいれば、あとは腹横筋などのインナーマッスルを緩めてあげるだけで息は勝手に入ってきます(特に演奏時に腹直筋を意識していた方の場合、腹直筋が働きすぎて緩まらないことがあります)。首や肩の周りの筋肉を収縮させて肋骨を持ち上げる必要はありません(息を吸う時に肩を上げないようにとよく言われるのはこのためです)。肺は鎖骨の上までありますので、空気を取り込んだ結果その周辺が動くのはもちろんOK。息を吸うために積極的に動かす必要はないということです。

頭と骨盤の位置には気をつけて

 呼吸の乱れが姿勢の崩れを招くという事実は、私にとって新しいことでした。「姿勢が悪い→呼吸が浅くなる」…というのも間違いではないのですが、「呼吸が浅い→姿勢が悪くなる」という風に矢印が反対に向くとは思っていませんでした。

 深い呼吸をするためには横隔膜と骨盤底筋が向かい合う必要があるので、「しっかり吐く」ことを意識すると同時に、自分の骨盤が前後に傾いていないかをチェックしましょう。

骨盤の歪みチェック

足元に印をつけて(もしくはフローリングの境目などに足先を合わせて)立ち、目を閉じてその場で50回足踏みをする。

周囲に危ないものがないか、階段などが近くにないかを確認し、広いところで行いましょう


→印より前に移動していたら骨盤が前傾(反り腰さん)

→後ろに移動していたら骨盤が後傾(猫背さん)

中心から左右にずれている場合は骨盤の左右方向の歪みもあると考えられます。

 自分の骨盤のクセを知り、演奏時に反りすぎていないか、後ろに倒れすぎていないかなど普段から気をつけられると良いです。骨盤の傾きや左右の歪みを矯正するストレッチやヨガのポーズもおすすめです。

 そして大切なのは意外と重い頭の存在。楽器を吹く時につい楽譜を覗き込むような姿勢になりがちですが、頭の重さを支えようと僧帽筋などが頑張ってしまうと肩こりにつながったり、呼吸補助筋に余計な力が入ってしまいます。過去の記事で頭の位置など姿勢に関して書いていますので、参考にしてみてください。

演奏時の不調の原因は小手先のことではなく「呼吸」かもしれない

 管楽器における呼吸で大切なのは、吸うよりまず吐く___当たり前のようで実はできていない方が多いと思います。つまり、吐けない人はいても吸えない人はいないのです。

 管楽器を吹いていると、例えばフルートでもアンブシュアが分からなくなったり、不必要に力んでしまったり、日によってコンディションが変わってしまったりという悩みがよくあります。もちろん頭部管のセッティングや持ち方、リッププレートの当て方といったちょっとしたことを変えることで改善することもあります。しかし音が出たり出なかったりという不安定さを解決するには、やはり「呼吸」と向き合う必要があると思います。

 フルートの場合、演奏時の息が少ないとアンブシュアを必要以上に絞って吹かなければならなくなります。そうすると歌口に向かう息も少なく・細くなるため、その分かなりシビアに狙わなければならなくなります。ちょっと当てる位置がずれただけで音が出なくなるのはそのためです。細い息で音が出るように1ミリもずれないように毎回リッププレートを当てるのは不可能に近いので、その日の内でも音の「当たり外れ」が出てしまいます。

 本来フルートの当て方はそれほどシビアなものではありません。大体この辺、というところに当てればある程度の音が出ます。音が出たり出なかったりするな…という時には、アンブシュアを必要以上に作ったり絞ったりしなくても良いように、安定した深い呼吸を取り戻すことが解決策になるかもしれません。量的にたくさん吸えば良いということではなく、効率的に酸素を身体中に行き渡らせるということです。

 「取り戻す」と書きましたが、誰しも赤ちゃんだった時には理想的な呼吸ができていたはずだそうです。しかし成長とともにいろいな要因で理想的な呼吸を失ってしまっているのです。健康的に、思い通りに演奏するためにも、今一度呼吸について考え、本来の呼吸を取り戻しましょう。


参考書籍:大貫祟著「きほんの呼吸」東洋出版、奥仲哲弥著「不調の9割は呼吸と姿勢でよくなる!」あさ出版

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