前回、異名同音がなぜ存在するかという話を書きましたが、実はピッチの面でも興味深い違いがあります。
実は前回と今回の記事を書こうと思ったのは、メルマガ読者の方からのご質問がきっかけでした。お答えするために調べているうちに「弦楽器のイントネーション」という書籍に出会い、今回はピッチの話をしたいと思います。
まず結論から言うと、ファ♯とソ♭は、指遣いは同じでもピッチが違うことがあります。理由は場合によって異なり、和音のどこを吹くかで高め・低めに調整することもあれば、旋律の中で自然と高くしたくなることもあります。さらに弦楽器では、そもそも♯と♭の作り方の違いから、ファ♯とソ♭の指板上の位置そのものが違うそうです。
*この記事では、注釈がない限り「ドレミ」を固定ドとして表記しています
*異名同音をそもそもなぜ書き分けるのかについては、以下のリンクからお読みいただけます

和音的音程と、線的(旋律的)音程によるピッチの違い
予備知識:平均律と純正律の違い
まず今日の話題では、平均律と純正律の違いを理解しておく必要があります。
平均律
平均律とは、1オクターブを12等分し、すべての半音の幅を均等にする調律法のこと。ピアノなどの鍵盤楽器はこの平均律で調律されています。平均律の場合、ハ長調(C-Dur)のE(ミ)の音も、ホ長調(E-Dur)のE(ミ)の音も、同じピッチです。

純正律
一方、純正律とは、音同士の周波数比が単純な整数比になるように音程を取る方法で、和音がより美しく響きます。ただし調によって同じ「ド」でも周波数が変わってしまうため、音の高さが固定された鍵盤楽器には不向きとされています。主に弦楽器や管楽器によるアンサンブルで用いられる音程の取り方です。

和音的音程
吹奏楽の合奏でも時々行われるハーモニーの練習では、ハーモニー構成音の第3音を吹く時には下げて、第5音を吹く時には少し上げる(長三和音の場合)…といった微妙な調整をする練習を行いますよね。
純正律では、ハ長調(C-Dur)のドミソの和音を演奏する時のE(ミ、移動ドでもミ)は低め、ホ長調(E-Dur)の主音として演奏するE(ミ、移動ドではド)の音はチューナーの真ん中くらい(平均律のE)、という具合になります。同じEでも違うピッチなのです。

このように、自分が和音の構成音のどれを吹いているのかにより、同じ運指でも違うピッチで演奏することで、より美しいハーモニーを奏でることができます。こういった音程の取り方を「弦楽器のイントネーション」という書籍の中では「和音的音程」と表現しています。
線的(旋律的)音程
横の旋律の動きの話になると、音程の取り方はまた変わってきます。例えば、音階の第7音は導音とも呼ばれますが、主音へ向かうエネルギーが最大限に高まる音です。そのため、チューナーの真ん中よりも少し高めにとり、主音の方へピッチを寄せるべきとされています(無意識に寄せたくなる)。
ここには実は、ここまでの純正律とは少し違う理屈が関わってきます。それがピタゴラス音律という、完全5度を積み重ねて音階を作る古い音律です。
ピタゴラス音律では、導音と主音の間の半音の幅が平均律よりも狭くなるため、導音がより主音に近く、鋭く感じられます。多くの奏者が理屈を知らずとも「導音は高めにしたい」と感じるのは、この音律の性質によるものだと言われています。

ヘ長調(F-Dur)では第7音にE(ミ、移動ドではシ)の音がくるため、特に曲中でE→Fという音の並びの時には、主音のF(ファ、移動ドではド)に近づきたくなります。
こういった音程の取り方を、同書では「線的音程」と表現されています。分かりやすく言い換えると「旋律的音程」とも言えます。
同じEの音でも、ある時はミ、ある時はドになる
この章をまとめていきます。この辺りではあえて移動ドの表記もしたのですが、同じEの音でも、調の主音が変わることによって、移動ドで言うところの「ドレミ」が変化していることが分かります。ハ長調ならミ、ホ長調ならド、ヘ長調ならシです。
これが意味することは、同じEでも、調が変わると役割が変わるのです。時には主音、時には第3音、時には導音…。役割に合わせてピッチを調整することで、より美しい演奏になります。
「異名同音」の回でお話ししたファ♯とソ♭に関しても、同じ曲の中で登場している時には調が変わっている可能性があります。フルートにおいて指遣いは同じですが、例えばト長調の中で吹いていたファ♯と、途中で転調した箇所で吹くソ♭は、役割(導音か主音かなど)が変わるため、取るべき音程は変わります。
弦楽器特有の音程間隔によるピッチの違い
そもそもファ♯とソ♭は指の位置が違う!?

異名同音は、ピアノのような平均律の楽器では全く同じピッチとなります。しかし弦楽器や管楽器のような、ピッチに幅のある楽器では、同じピッチとは限らないという話を、音律の違いに基づいてお話ししてきました。
色々勉強してみて興味深かったのは、弦楽器ではF♯(ファ♯)とG♭(ソ♭)を弾く時、指板に置く指の位置が明確に違うそうです。
ここにもピタゴラス音律が関わっているのですが、実は前の章の「導音は高めにしたい」という話とは、少し別の理屈です。

♯と♭の作り方が違う
ピタゴラス音律は、完全5度を次々に積み重ねて音を作っていく音律です。シャープの音は5度を上へ積み重ねて辿り着く音、フラットの音は5度を下へ積み重ねて辿り着く音というように、たどる方向が逆になります。
この上下の積み重ねの結果生まれるわずかなズレ(約24セント、半音の約4分の1)のことを「ピタゴラスのコンマ」と呼びます。そしてこのズレの分だけ、計算上はシャープの方がフラットよりも高くなるのです。
このことから、F♯(ファ♯)とG♭(ソ♭)はピアノでは同じ鍵盤でも、弦楽器では指板に置く指の位置が変わります。それは「導音だから高く」という表現の話が始まるよりも前に、そもそも生まれ(計算上の出どころ)が違うから、ということなのです。こちらの方が、異名同音のピッチの違いの、より根っこにある理由と言えるかもしれません。
ヴァイオリンなどの弦楽器は、開放弦そのものを完全5度で調弦します(G-D-A-Eなど)。つまりピタゴラス音律の「5度の積み重ね」が、楽器の構造そのものに組み込まれています。
管楽器も無意識にピタゴラス音律で吹いている?
一方管楽器も、♯を高く・♭を低く吹き分けようと思えば、ピタゴラス的なピッチ調整はできます。ただし弦楽器のように楽器の構造に組み込まれているわけではないので、チューナーを頼りに平均律的に演奏している限り、そのような調整は起こりません。
フルートは音孔の位置が固定されていて、開放弦を5度で調弦するという工程がそもそもありません。なので主音としてのFisとGesのピッチの違いを、区別することも殆どありません(楽器の構造上、Fis-DurとGes-Durをピタゴラス音律的に明確に吹き分けることは難しい)。
しかし私自身、導音を高くしたいという感覚は無意識に持っていましたし、そのように吹く奏者は多いはず。ピタゴラス音律で吹いているつもりはなくても、自然にそのような音程感で吹いているのですね。同じ現象が理論上存在していても、楽器の構造から自然に意識させられる機会がなかった、ということかもしれません。
息遣いやアンブシュアによって都合よく音程の微調整ができるのは、管楽器の利点とも言えると思います。
ハーモニーを取るか、メロディを取るか

さて、実際現代のフルート演奏でピタゴラス音律を意識することはあまり無いかもしれません。ですがピアノの平均律や、ピタゴラス音律から由来する線的音程感、そしてハーモニーを奏でる時の純正律の考え方をハイブリッドで使い分けることで、より音楽を美しく奏でることができます。
しかし、演奏していく中でそれぞれの考え方がぶつかってしまうこともあります。
第3音だけどトップノートの時
ハーモニーを演奏する時、コードによってはFisが第3音になる場合(D major)があり、その場合は下げ目に吹くと響きが美しくなりますね。
しかし悩むのは、フルートで第3音を吹く場合。合奏ではほとんどトップノート(スコア上で一番高い音)を演奏しており、なんなら主旋律を吹いているパターンも多いです。この時に第3音だからと下げることを優先すると、音色まで暗くなり、合奏全体の印象まで悪くしてしまうケースがあります。
モーツァルト/ピアノコンチェルト 23番 A-Durより85〜86小節目

この場合の私の対応は「ピッチは下げつつ明るく吹く」です。息や口で下げるのではなく、下がりやすい運指を使って極力音色を明るくコントロールするようにしています。
第3音だけど導音の時
別のケースでは、第3音かつ導音という時も矛盾が起きます。例えばハ長調の曲で、Vの和音であるGのコードからIの和音であるCのコードに行くという場面で、フルートはH(シ)からC(ド)に行くメロディーを持っている。この時のHは、Gのコードの第3音でもあり、ハ長調の第7音・導音でもある。
モーツァルト/ピアノコンチェルト 21番 C-Dur 50〜51小節目

すると「長三和音の第3音は下げ目にする」というルールと、「導音は高めにしたい」という旋律楽器の習性が戦ってしまうのです。特にオケや吹奏楽など、純正律的にハーモニーを奏でる合奏の中で吹く場合に、ハーモニーを演奏する人たちのHは低めだけど、メロディーを演奏する人たちのHは高め…?という矛盾が起きます。
ここは対応が分かれるところかと思いますので、あくまで私見を述べます。私はその音が長い場合は純正律的なピッチに寄せ(かつ明るめに)、あまり長くない時には導音的に吹いているように思います。「思う」としたのは、その時の全体の音に合わせて瞬間的に調整しているため、かなり「奏者の勘」によるからです。
最後は理屈・理論ではなく、こう吹いたらなんだか居心地が悪いけど、こう吹くとしっくりくるな、という感覚が大切になります。普段から周囲と自分の音の関係をよく聞き、試行錯誤をした結果、身につくものです。
そこまで神経質にならなくてOK
とはいえ、実際にはそこまで厳密に意識しなくても演奏は可能です。平均律の楽器であるピアノと合わせることが多いのであれば、ピアノのピッチに寄り添いつつ、導音など気持ちを込めたいところでそのように吹けば良いと思います。
吹奏楽やオーケストラ、アンサンブルなどでは、縦のハーモニーにも気を配る必要があります。なんだか居心地が悪いと思った時に、自分がハーモニーの構成音のどこを吹いているのかを調べてみましょう。長三和音の第3音なら下げる、短三和音の第3音なら上げる…くらいの知識があると対応しやすくなります。
まとめ
異名同音は、平均律のピアノでは同じピッチですが、実際の演奏では「そもそもの生まれの違い(ピタゴラスのコンマ)」「和音的音程」「線的音程」が絡み合って、同じ指遣いでも場面によってピッチが変わります。時には和音の第3音と導音がぶつかる板挟みの場面もありますが、そこは理屈より「しっくりくる」方を耳で選ぶしかありません。
とはいえ、普段からそこまで神経質になる必要はありません。ピアノと合わせることが多いなら、まずはピアノのピッチに寄り添いつつ、導音などここぞという場面で気持ちを込めて吹けば十分です。合奏で「なんだか居心地が悪い」と感じたら、自分がハーモニーのどの音を吹いているのか(第3音か、第5音か)を確認してみましょう。
*異名同音をそもそもなぜ書き分けるのかについては、以下のリンクからお読みいただけます



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